夏   ―老女のひとりごと(12)

夏になるとすぐ海を思い浮かべるが、海には忘れられない思い出がある。女学校一年の夏休みに、私は海で溺れかかったのである。 故郷は千葉県上総の一宮(いちのみや)なので、幼いときから夏になると親に連れられて、毎日のように海に行った。一宮川をポンポ…

お金  ―老女のひとりごと(11)

若い頃、私の耳たぶは結構ふっくらしていた。それに、右側には大きいホクロがついている。「金持ちボクロだから、一生お金に困らない」と聞かされたことがある。占い者にも、「お金には不自由しない」ということを何度か言われたことがある。 だが、結婚した…

アジサイ  ―老女のひとりごと(10)

入梅宣言が出てからもう十日、松戸の本土寺のアジサイもそろそろ見頃かと思い、今年も姉と出かけてみた。日曜日だったので人出が多く、参道は野菜や漬物のお店で縁日のように賑やかだった。肝心のアジサイは七分咲きで、一つひとつの花が今年はなぜか小さい…

古い琴  ―老女のひとりごと(9)

夫を見送り、一人暮らしにも慣れたこの頃は、昔のことがしきりと思い出されてくる。 昭和40年代半ば頃、私は自分でも呆れるほど、お琴を教えることに夢中になっていた。その頃のことを思い出すたび、なぜか我が身がいとおしくなる。 千葉の某会社のサーク…

夢   ―老女のひとりごと(8)

幼い頃、恐ろしい夢にうなされた覚えは誰にでもあると思う。 私も、鬼のような黒い影に追いかけられる夢をよく見た。逃げようと思っても足がすくみ、階段を駆け上がろうと思っても、もがくばかりで足がちっとも前に進まない。うなされて思わず目が覚める。 …

花 ―老女のひとりごと(7)

今年は暖冬なので、まだ二月に入ったばかりなのに、上野の桜はもう三分咲きのようだ。 一月末に見た沖縄の桜は、紅梅のように濃い色で盛りを過ぎていた。葉も赤く、散る時はひらひらではなく、がくごとポトポト落ちて、美しいというより少しあわれな感じがし…

別れ ―老女のひとりごと(6)

今年は、旅行をしている間に身内の不幸に二度も遭ってしまった。一度目は、大晦日に出かけ正月三日に帰った時である。翌日が通夜であった。二度目は、ついこの間(二月の後半)南紀の旅行に出かけた時である。 私は旅行中身内に電話などしない。南紀は熊野三…

「こわいさん」 ―老女のひとりごと(5)

我が家の二階の床の間には、碁盤と碁笥(ごけ)が置いてある。もう飾り物になってから十幾年余りにもなるだろうか。今は部屋も使わない。 階段をとんとんと上がったとき、たまに部屋をのぞくと、なぜか碁盤が目に入る。私を忘れないでと言っているようだ。 …

年の暮れ ―老女のひとりごと(4)

札幌の大通の一つの樹にライトアップが施された、というニュースがテレビに出た。早くも年の暮れの商戦が始まろうとしている。まだ11月ではあるし、暖かくてとてもそんな気持ちにはなれないが、季節は確実にやって来る。 そういえば去年は、仙台のライトア…

年の暮れ ―老女のひとりごと(4)

札幌の大通の一つの樹にライトアップが施された、というニュースがテレビに出た。早くも年の暮れの商戦が始まろうとしている。まだ11月ではあるし、暖かくてとてもそんな気持ちにはなれないが、季節は確実にやって来る。 そういえば去年は、仙台のライトア…

女の立場 ―老女のひとりごと(3)

ある日、テレビで犬の飼い方の話をしていた。 「子犬のときはオス・メス変わらないが、成犬になるに従って、違いがはっきり現れてくる。メスは従順になり、オスは男性ホルモンの影響で攻撃性が強くあらわれ、縄張り意識も芽生えてくる。だからオス犬に対して…

母と鰻   ―老女のひとりごと(2) 1992.9

私は鰻の蒲焼が大好きである。それも関西風はイヤ、鰻は何と言っても蒸して焼く関東風が絶対い美味しい! あのトロけるような味は、人を幸せな気持ちにするから不思議だ。それに、鰻を食べると母のことが思い出される。思い出したくなって食べるから、なお好…

私と二人の子との、昨日今日 ―老女のひとりごと(1) 1992.9

ひとりごと(1) 「お母さん、元気にしている? もうご飯食べた?」と名古屋の息子から電話がかかってきた。明るい声につられて「うんうん元気よ、この間も高山に行ってね……」などと、私も負けずにトーンを上げる。 息子に代わってまた小学生の孫が、給食の話…