お金  ―老女のひとりごと(11)

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 若い頃、私の耳たぶは結構ふっくらしていた。それに、右側には大きいホクロがついている。「金持ちボクロだから、一生お金に困らない」と聞かされたことがある。占い者にも、「お金には不自由しない」ということを何度か言われたことがある。

 だが、結婚した当座は、新所帯の家計を持たされたことが何としてもせせこましく、どうしてよいか分からなかった。甘やかされて育った私は、よくよく幼稚だったのだろう。よく考えてみると、どこからか助け舟のお金が入って来て困ったことはなかったけれど、すぐ子供も出来てしまったし、お財布の中が空になったら――という心細さで、自分のことに使うほどの気持ちにはとてもなれなかった。

 結婚の現実に愕然としたのかも知れない。だが、私は夫のことも子供も大好きだったので、心の片隅にいつも巣くっている「幸せって一体何なのだろう」というもやもやした気持ちを、打ち消し打ち消ししながら、所帯を一生懸命に守って来た。今となってみれば、あれで十分幸せだったのだと懐かしく思う。

 この齢になってみると、「金は天下の廻りもの」ということわざがその通りだと思えるようになってきたから不思議なものである。ふところの中が心細くなっても、うじゃうじゃ考えたくない。それに今のところは、何だかんだと言っても一人でまあまあ食べてゆかれるのだから、幸せというべきなのかも知れない。

 早いもので、夫の三回忌がもうじきやってくる。この二年の間には、色々な事があった。身内の中で、夫を含めすでに亡くなった者が五人、現在入院中が一人というありさまで、その他、年齢からいっても予備軍の高齢者ばかりだ。私も、思い残すことのないようにと、なぜかせっかちな気持ちになってしまう。

 そんなわけで、五月初めに思い切って海外旅行に出かけた。歴史のある古い街もよいけれど、自然の景色が一番と思い、まずはナイアガラに決めた。カナディアンロッキー、グランドキャニオン付きの八日間の欲張り旅行であった。

 百聞は一見に如かず――。カナダも、アメリカも、そのスケールの大きさにはただただ圧倒されてしまった。私は特に、カナディアンロッキーが印象深かった。雄大な景色そのものが、これでもかこれでもかと続くのだ。それに、美しさに見惚れているうちに、次第に祈りにも似た気持ちが湧きおこってきたのは、なぜなのだろう。

 また、グランドキャニオンを低空飛行で眺めた時の、あの手に汗握るスリル! 今、生きているんだ! という実感――。

 私の頭の中はすっかりカルチャーショックで、ぐらぐらかき回されてしまった。前日に泊まったラスベガスでは、あの有名な賭博場でサービスの賭け事をちょっぴりさせてもらい、まばゆいばかりのイルミネーションの中でカメラに収まった。往復のジャンボ機や小型機をふくめ、飛行機に乗った回数は九回――。

 やっと、無事に我が家にたどり着き、時差ボケの頭で考えたことは、「こんな素晴らしい経験がお金で買える」――よく考えれば当たり前の事なのだけれど、この時ばかりは、私はお金の有難味をつくづく感じてしまったのだ。

                             1993.6

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