花 ―老女のひとりごと(7)

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 今年は暖冬なので、まだ二月に入ったばかりなのに、上野の桜はもう三分咲きのようだ。

 一月末に見た沖縄の桜は、紅梅のように濃い色で盛りを過ぎていた。葉も赤く、散る時はひらひらではなく、がくごとポトポト落ちて、美しいというより少しあわれな感じがした。デイゴの花も冬場のせいか、目立つようには咲いていない。

 海だけは、碧く澄み、色も七色と思えるほど濃淡が美しく、岸辺近くに珊瑚礁が横たわっているせいか、立つ波も絵のように美しかった。植物園では、ハイビスカスや蘭ばかりが賑やかだった。みごとではあるけれど、造花のように綺麗なのであまり感動がない。

 その二、三日後に行った伊豆の河津の桜は、日当たりの良い場所では満開に近かった。ソメイヨシノにちょっと似ていたが、赤い葉もチラホラしていた。風が吹くとハラハラと散る。これこそ桜だ。

 堂ヶ島に行く途中のサボテン園では、アロエの花をはじめて見た。オレンジ色に近い赤い花である。三島大社では、金木犀の大木が注連縄(しめなわ)をしていた。大変古い樹だそうで、折れるのを防ぐために、鉄パイプでぐるりと風除けをしてあった。たくさんの枝がこんもりと形よくみごとなので、花の季節にはさぞ素晴らしい香りが漂うことだろう。

 嬉しいにつけ、悲しいにつけ、花は人の心を和らげてくれる。どの花も美しい。見惚れているうちに無心になる。

 だが、花に関わる仕事をしている人たちの事情は、それどころではない。この情報過多時代、世界中の花が飛行機に乗って来る。オランダをはじめとして、ニュージーランド、オーストラリア、スペイン、アルゼンチン、その他あらゆる国から輸入されてくるのである。種類もチューリップはもちろん、レッドジンジャー、プロティア、カンガルーポウ、サンザース、スノーボール等々、はじめて聞く舌を噛みそうな名前ばかりだ。

 近頃では、冬でも竜胆の花をよく見かける。温室栽培をしているのかと思ったら、意外な事情がかくされていた。

 なんと、栃木県那須町の竜胆を、ニュージーランドで栽培しているのだそうだ。那須町は寒暖の差が激しいので、竜胆の濃紫がとても美しくて特産品になっている。だが、出来る季節は限られている。冬場の温室栽培では採算が合わず、生き残りのための町をあげての取り組みなのだという。ニュージーランドと日本は、春秋が逆だが同じような気候なのだ。それで、五年前からあちらの農家の人たちと互いに行き来をして、栽培のノウハウをよく教え、二年前からだんだん輸入が出来るようになったのだという。軌道に乗れば、花屋さんで一年中竜胆が見られるのだ。これからが正念場らしい。今年も三月までが勝負だという。この季節なので、今はピンク色のが喜ばれ、よく売れるという。

 花は何も言わない。蒔かれた場所が何処であろうと花を咲かせる。ニュージーランドで育った竜胆は、心なしか紫が濃く見えた。

 自分が美しいということも知らない。摘まれても、捨てられても、そのまま受け入れる。だからこそ、人の心を打つのだろう。

                                  1993.4

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